2019.4.3
TALK

水野良樹×糸井重里 Part 2
制約もなく、材料費も時間も考えずにつくる家庭料理

Prologue from Yoshiki Mizuno

「考えること」「つながること」「つくること」
この3つを、もっと豊かに楽しめる「場」を
自分自身の手で、つくりだしてみたい。
そんな思いから、このHIROBAを立ち上げました。

このHIROBAを始めるにあたり、まず誰に会いにいくべきなのか。
スタートラインにつくときに、お話を伺っておくべき人は誰なのか。

やっぱりそれは、糸井重里さんだ。
僕は、そう考えました。

「ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)」という、
20年以上の長きにわたって愛される素敵な「場」を生み出した糸井重里さん。
HIROBAという「場」を始めようとしている今、厚かましくも、たくさんのヒントをもらえるんじゃないか。
そう思って、糸井さんを訪ねました。

Part 2 制約もなく、材料費も時間も考えずにつくる家庭料理

水野「HIROBAをひとりで始めます」って手を挙げて言い出したんですけれど、周りの仲間たちからも「結局、おまえ何やりたいの?」と言われていて。

糸井うん。

水野これまでのスタッフとか仲間たちはどうしても、いきものがかりの水野で見ています。いきものがかりから続く文脈でHIROBAのことを理解しようとしたり、いきものがかりでの僕の言動から理解しようとするんだけれど、結局それだと何をやろうとしているか分からなかったりする。

糸井そうでしょうね。

水野ま、そもそも僕自身も整理がついていないんですけれど…。

糸井ははは(笑)。しょうがないねぇ!

水野すみません…。
ただ、いきものがかりで経験してきたフォーマットではないものをやりたいという思いがあって。

糸井はい。

水野例えば、ポップソングをつくるときは「これくらいの分数でCDに収まるように」とか「配信でもこのくらいの長さで」といった、いくつかのセオリーがあって。
その作品を世に届けるという段階においても「こういうメディアに、こういうタイアップで、こういうかたちで出て」といったような既存のフォーマットがある程度、決まったものとしてあるんですね。
つくる場面でも、届ける場面でも、方法論が勝手に絞られてしまっている。

それはそれで今までやってきたことでもあります。その恩恵もたくさん受けてきました。だから悪いことだと言うつもりは全くないんですが、でも、どこか窮屈に感じるときもあるわけです。
自分で自由につくって、自由なかたちで届けられる。そんなかたちもあっていいんじゃないかなと。それを試すような「場」を、まずはつくってみたいというイメージがあったんです。

それでHIROBAを立ち上げてみたんですけれど…やってみようとすると、これはひとりでやろうとすると、そもそも無理だな、小さく終わってしまうな、ということは確実に分かっているわけですよ。

糸井そうですよね。

水野水野良樹という作り手の、ひとりの表現活動としてしまうと、それはすごくつまらなくなってしまう。僕という存在だけで話が終わってしまって、深くはなるかもしれないけど、広がりはないかもしれない。

糸井ああ、なるほど。

水野僕の表現という小さな枠だけにとどまらないためには、他の人にHIROBAに入ってきてもらって“個人と個人”とで出会って、一緒に何かについて考えたり、作品をつくったりして、ひとりでできる範囲からもっと物事を広げていかなきゃいけない。

そうなるためには、誰かが入ってきやすくなるために、この「場」が愛されるものでなくてはならないというのが、僕の今の課題意識なんです。これから僕は何に気をつけながら、大事にしながら、歩んでいったらいいのかなと。

糸井まともな疑問で、いいですねぇ。

水野はい…大丈夫でしょうか…(笑)。

糸井これからやろうとしていることの正体は分からないんだけれど、流れとしては、わりと理解できたと思います。まず誰でもそうなんだけど、ひとりで始めているんですよね、何でもね。

水野はい。

糸井水野くんの場合は、例えるならそれは「おいしいな」「まずいな」という食べる行為ですよね。(誰かに)食べさせる料理をつくったんではなくて、まずはひとりで食べたんですよね、きっと。「こういうのできるかな」と卵焼きを自分でつくってみて、食べてみる、みたいなところから始まっているわけで。

水野ああ。

糸井その次は、友達と一緒にやると「こんな料理ができるぞ」という気づきがあって、それでできたお店が、いきものがかりだった。

はじめのうちは自分の味覚だったり、やってみたい味があったりして、そこにお客さんがついていく。何料理というジャンルはまだないんだけれども、自分の好きな料理を自分の好きな料理人たちと一緒に楽しくつくっていたら、いつのまにか、それがジャンルになったと。

水野すごい、分かりやすい…。

糸井そのうち、この人たちはこういう料理をつくるんだなということを、ある程度までお客さんが知ってくれるようになるんですね。さらにそこから「おいしいね、相変わらず」といつも言ってもらえるような状況になっていく。そこで「あ、本当にこれでいいのかな?」となって。

水野はいはいはいはい…。

糸井最初に自分がスプーンひとつで何かを食べていた頃のあの感覚であったり、何もヒントがないときにおいしいと思った気持ちであったり、それをもう一度探したいなと思うのが、放牧であったり、他の人たちの曲をつくるということだったのかもね。

水野ああ、なるほど。

糸井そういうことが続いていった今、注文を受けてやることは確かに成り立ちはするけれど、それは、“いきものがかりイタリアン”をやりながら、一方では“流しの料理人”をやっていくようなことで。

最初に「料理おいしいな」と思った、それができる場所が欲しいなというのがその次の、つまり今回の水野くんの発想かなというように見えます。

水野はい。もう、まさに、ですね。

糸井誰かに、何かを食べさせようって考えたときに、制約もなく、材料費や時間なんかも考えずに、それでいて「まずい」って言われたら「ごめん!」って言えるような。そんな自由なことができる場所が唯一、あるんですよ。
これはね“家庭料理”なんですね。

水野ああ。

糸井家庭料理っていうのは、究極の料理だと思うんです。
もし家庭料理の店というものがあったとして、そこに友人であるとか、自分の腕を信じてくれる人であるとか、そういう客人が来てくれるとしたら、それはイタリアンというジャンルの店でも、引き受け仕事の流しの店でもない。
「水野の店」っていう新しい店ができるんですね。
そこには自由があるし、もし制約をつくりたいと思ったら、それも自分自身でつくることができる。

水野ああ。そうだと思います。

糸井そういうことかなと思って見ていたんですよね。

水野ああ…なるほど。
今、振り返ると、僕は放牧してから約2年間、ありがたいことに放牧前よりも忙しかったんですよ。楽曲提供やら、新しい仕事やら、そういうものにたくさんめぐりあえて。それはとても幸せだったんですね。そこには感謝しかない。

でも、一方で、その間、家族に何を言っていたかというと、半分冗談、半分本気なんですけど、「引退したい」って言っていたんですよ。

糸井うん、うん。

水野もちろん与えられた仕事の責任は全部果たしたうえで…という話なんですが。そこから離れる。すべてから解放されてみる。

でも、引退して「休みたい」というわけじゃないんですね。むしろその逆で。何も制約のないなかで、ただひたすら音楽に向き合い、音楽を学び、むさぼり食うみたいな生活をしてみたいという欲求がどうしてもあって。仕事とか、グループとか、自分とか、そういう枠もとっぱらって。

それで「引退したい、引退したい」と言っては「言っていることと、やっていることが全く逆じゃないか。仕事しまくっているじゃないか」って笑われていたという(笑)、そういう2年間だったんですね。

その忙しいなかで「やっぱり曲をつくることが好きなんだな」「人と話をして考えることが好きなんだな」ということにも、あらためて気づいて。

糸井いいことですね。家庭料理ってね、家族にだけ食べさせるというかたちではあるんだけれど、その家族というのも、みんな人間なんですね。家族という範囲の、その向こう側にも同じ人間がいる。つまり、それを食べたい人っていうのが山ほどいるんですよ。

水野はい。

糸井一緒に食べるときに相手がうれしいと、自分もうれしいじゃないですか。でも、それはお店を構えたあとに言ってしまうと、なにか…見栄になってしまうというか。

作品と商品の違いは、そこだと思うんですよね。

水野ああ。作品と商品の違い…難しいですねぇ。

糸井作品というのは、今こねたばかりの粘土を焼いても作品で。売れるか売れないかは、そのあとに価値の基準があるわけで。

水野はい。

糸井でも、やっぱり、つくりたいものをつくるとか、喜んでほしくてつくるというのは、それがたとえ商品になっていなくても、喜んでもらえちゃうということが多々あるから。

とにかく親しい人が来るところで、その人たちを自分が信用していて、その人たちに「おいしいね」って言ってもらえるような。

それは本当にトップになるとできるんだと思うんですよ。
「こうするべきだ」っていう外側からの意見を何も聞かなくていいというところに、いけるとね。

(つづきます)

糸井重里(いとい・しげさと)
1948年生まれ。
「ほぼ日刊イトイ新聞」主宰。
コピーライターとして一世を風靡し、作詞や文筆、
ゲーム制作など、幅広いジャンルでも活躍。
1998年にウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を立ち上げる。
近著に『他人だったのに。』『みっつめのボールのようなことば。』など、
共著に『すいません、ほぼ日の経営。』がある。
糸井重里Twitter
ほぼ日刊イトイ新聞

Photo/Kayoko Yamamoto
Text/Go Tatsuwa
Hair & Make/Yumiko Sano

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