2019.4.4
TALK

水野良樹×糸井重里 Part 3
動機は、遊んでもらうことそのもの

Prologue from Yoshiki Mizuno

「考えること」「つながること」「つくること」
この3つを、もっと豊かに楽しめる「場」を
自分自身の手で、つくりだしてみたい。
そんな思いから、このHIROBAを立ち上げました。

このHIROBAを始めるにあたり、まず誰に会いにいくべきなのか。
スタートラインにつくときに、お話を伺っておくべき人は誰なのか。

やっぱりそれは、糸井重里さんだ。
僕は、そう考えました。

「ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)」という、
20年以上の長きにわたって愛される素敵な「場」を生み出した糸井重里さん。
HIROBAという「場」を始めようとしている今、厚かましくも、たくさんのヒントをもらえるんじゃないか。
そう思って、糸井さんを訪ねました。

Part 3 動機は、遊んでもらうことそのもの

水野そうですね。そうすると、なぜ、いきものがかりではできなかったんだろうという疑問があって。

糸井それは、スタートラインじゃないですか。

水野ああ。

糸井「君たちを幸せにするからね」って言ってメンバーを誘ったとか?

水野ははは(笑)。そんな感じではないかもしれないですけれど、でも、一緒に幸せになろうとはしたわけですよね。10代の多感な頃に出会って、お互いに夢や憧れがあったりして、じゃあ、一緒に頑張ろうぜと。

糸井うん。

水野いきものがかりで言えば、10代で始めた頃の夢や憧れは3人ともすごく近いところにあったと思うんですね。そしてこれはとっても素敵なことだと思うんですけれど、活動を続けて、お互い大人になって、もう30代になった。

そうやって年を経ることで、最初はすべてが一緒だった夢や憧れも、3人それぞれに別の要素も増えてきたんですね。一緒の部分だけじゃなくなった。それは当たり前のことだと思うんです。

糸井ありますよね。

水野だけど3人ともこのグループを大切にしたいと本当に思っている。そこには変わりがない。そうなったときに、それぞれが違う夢や憧れを持っていることを、どうやって昇華していくかということなのかな。

糸井それぞれが思うんじゃないですか、やっぱり。水野くんだけじゃないですよね。あと、もうひとつ大きいのは「そこにファンがいること」ですよね。

水野はい。まさに。

糸井ファンが期待していることは、急にディープ・パープルになることじゃないですよね(笑)。

水野ないですね(笑)。

糸井ファンの人たちは「いきものがかりとして、私と遊んでちょうだい」って思っているわけですから。

水野そうなんですよね。だから、もう僕らだけのものじゃない。

糸井そうそう。でも、それは「ほぼ日」も似ているんですよ。

水野どうですか?スタートラインにいたときと違いはありませんか?もう糸井さんだけのものではないじゃないですか。

糸井それは、とても楽しいことになっているよね。自分だけのものではないということは、僕にとっては「よくつくった!」と言えること。だから今は「いなくなってからもっと誉められる」というのが僕の理想です。

水野ははは(笑)。

糸井なんでしょうかね、遊べればいいんですよ、僕は。

水野それ、すごいですよね。はっきりしている。

糸井ずっと、そうだからね(笑)。とにかく退屈したくないし、できたら一生懸命やりたいしね。

水野はい。そこが糸井さんはシンプルで、ずっと一貫していて、ぶれない。HIROBAを始めるうえでも「自分の軸を何にするのか」ということは、よく考えなくてはいけないなとすごく思いました。

糸井でも、やりたくってしょうがないって言っていたことが、実はすごく人工的な理由だったりすることもあるしね。

水野ああ、そうか。そうなんですかね。

糸井「他の人にそれをさせるのは悔しいから、俺がやる!」っていう言い方も、僕はよくしますからね(笑)。

水野糸井さんでも、そういうときがあるんですね。

糸井あります、あります。でも、それは動機としては、本当につまらない動機ですよね。

水野動機という話でいうと、今いろんな人と歌をつくっていて、まず最初に小田和正さんにお願いしたんです。

糸井はい。

水野曲づくりに半年くらいかかったんですよ。ずーっと1対1で向き合ってもらって。メロディや歌詞についての会話を、もうたくさんしてきたんですけれど。その間、小田さんにずっと問われ続けていたことがあるんです。

「結局、お前は何がしたいんだ」と。

糸井うん。

水野お前はひとりでも曲が書けるのに、なぜ俺に声をかけて一緒に曲をつくろうとしているのか。その理由は何なんだと。

小田さんは「俺はその“理由”に応えなきゃいけないんだ」と。
一緒につくる理由とは何かっていうことを、ずっと問われていた。

糸井はい。

水野真剣に話し続けて、なかなか答えきれなかったんですけれど、最後に言ったのは、僕は「ひとりで完結するのは嫌なんだ」と。

糸井うん、うん。

水野たとえば、曲をつくるうえで小田さんが「こんなのはどうだ?」って言ってくれたことでも、僕は「嫌だ」と思う瞬間がどうしてもあるじゃないですか。小田さんとはいえ、違う、作り手なので。

でも、その違いがあるということ。違うことを思っている人間が、向き合って、その違いを越えて、お互いにじり寄って、なんとかひとつの作品をつくるということ。そこにこそ価値があるはずだと思ったので。

糸井ああ。

水野僕の動機のことを考えると、やっぱり僕は「自分と他者との折り合いをどうつけるか」ということを、ずっと考えながら人生を過ごしているんですよね…それは、いきものがかりでもそうだし。

糸井そうか。水野くんが年上で(相手が年下の)コンビを組んだってことはあるの?

水野ああ、それはまだないですね。

糸井相手が年上ばかりなんですね。そこに何かヒントがあるんじゃない?近所の子同士で遊んでいるときって、年上から年下まで交じっていますよね。

水野はい。

糸井そのときに、弟がついて来たりするじゃないですか。あの弟の役がやりたいんじゃないの?

水野どういうことですか?

糸井「草野球でもやろうよ」ってみんなで集まっているところに、何も知らない弟が来て「僕もやる!」みたいな。まだ、なんにもできないのに無邪気に入ってくる。「しょうがないな、こいつは」とかお兄さんたちは言ったりして。

水野なるほど(笑)。

糸井小田さんのことはよくは知らないですけど、ライブで見ている小田さんのイメージは、そういう子どもと遊んであげているお兄さんですよね。

水野ははは(笑)、そうですね。兄貴肌ですからね。

糸井だから、おじさんでもいいし、お兄さんでもいいし、ときにはお父さんでもいいし、どこかで自分の弱みが見せられて付き合える遊びがしたいんだとしたら、みんなそういう面は持っているんじゃないですか。

水野そうですね。そう考えると僕が糸井さんのところに伺っているのもまったく同じことですね。

糸井お兄さん役…というかお父さん役ですよね。僕にもそういう人は何人もいましたよ。

水野そうなんですね。

糸井生きていく目標もできるじゃないですか。まだまだ先が長いなら僕もこんなことをやってみたいなと思えたり。年上の人と遊ぶって大好きですね。もしかして水野くんは兄弟がいないんじゃないですか?

水野兄弟いないですね。

糸井ああ、やっぱり。それは大きな理由じゃないですか。

水野ははは(笑)。そうです、ひとりっ子です。

糸井そういう生々しさが大元なんじゃない?そこに歌っていう触媒があるだけで、本当のことを言うと、なんでもいいんじゃないかな?

水野いやぁ、それは本質かもしれません。

糸井そうすると動機は、遊んでもらうことそのものですよね。

水野そうですね。

糸井とても素直で素敵な動機ですよね。

水野ああ、本当ですか?

糸井僕ももともと何かが欲しかったわけではないし、誰かが喜んでくれるのがうれしかっただけなので。たぶん、僕は人を喜ばせることが子どもの頃に足りていなかったのかもしれないですね。

水野ああ。

糸井かまってもらうことを望む人も同じようなところがあって、やっぱり誰かに喜んでほしいんじゃないですか?

水野いやぁ、これは僕の心の奥底に響きましたね。

糸井ははは(笑)。

水野いきものがかりなんか、まさにそうで。多くの人に聴いてほしい、愛されたい、みたいな。

糸井うん。

水野そう言っている大元は…たしかに…うん。ひとりっ子…そうかもしれないですね。
僕は2歳のときにちょっとした病気をしたんですよ。それがたぶん大きなことで。すこし入院して親がそばにいられないみたいなことがあって。

糸井おお。

水野生まれて初めての記憶がそのときのシーンで。

糸井それはすごいね。

水野病院のルールが厳しくて、息子の僕を病室に置いて親も帰らなくてはならなかったらしいんですね。とてもつらかったそうです。母なんか毎晩泣いて。でも、2歳の子どもですから、その事情みたいなこと、それは理解できないですよね。

糸井うん。そうでしょう。

水野2歳の子どもにとって親の存在なんて絶対ですからね。それが強烈な記憶として残っていて、まぁ、大人になっていくなかで記憶が都合よく整理されてしまっている部分はあるとは思うんですけれど。理屈で考えると、そこがすごく大きなポイントなんですね。

糸井うん、うん。

水野僕はここにいてはいけないのかもしれない、愛されていないのかもしれない、みたいな。もちろん、実際にはそんなことはなくて、何も分からない子どもだからそう誤解してしまっただけなんですが。その気持ちがどこか根底にあるとすると、今の僕がやっているすべてのことが説明できるような気がするんですよね。

糸井ああ、なるほど。

水野人見知りだし、人付き合いも苦手だし…。そんな、元来はとてもひねくれた人間が、こんなに牧歌的なグループをやって、多くの人に聴いてほしい、愛されたいなんて言っている理由はそこにあるのかなと。

糸井「おーい!」って言っているわけだよね。

水野そうです。ずっと。ずっと、言っているんです。

糸井もう「おーい!」って名前にする?

水野ははは(笑)。

糸井表現ってそういうものだからね。なにか呼びかけていないと心配な人がしょうがなくやる仕事が、表現だと思うから。逆に安定していた人が表現するというのは、これは、けっこう苦労しますよね。

水野ああ、なるほど。いやぁ、少しずつ、見えてきたような…。

糸井でも、やっぱり家庭料理というのが、ひとつのヒントだって気がしますけどね。自分も望んでいるようなことだし。

水野そうですね。今日はありがとうございました。

糸井どうなったか、また教えてください(笑)。

(おわり)

糸井重里(いとい・しげさと)
1948年生まれ。
「ほぼ日刊イトイ新聞」主宰。
コピーライターとして一世を風靡し、作詞や文筆、
ゲーム制作など、幅広いジャンルでも活躍。
1998年にウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を立ち上げる。
近著に『他人だったのに。』『みっつめのボールのようなことば。』など、
共著に『すいません、ほぼ日の経営。』がある。
糸井重里Twitter
ほぼ日刊イトイ新聞

Photo/Kayoko Yamamoto
Text/Go Tatsuwa
Hair & Make/Yumiko Sano

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