2019.4.12
TALK

水野良樹×吉岡聖恵 AFTER TALK
with KIYOE YOSHIOKA

ずーっと斜めうしろから見ている。

いきものがかり。
ステージに上がるときの立ち位置は、
山下が上手(かみて)。水野が下手(しもて)。
お客さんから見れば、山下が右。水野が左。
演者のこちらから見れば、山下が左。水野が右。
以上、まどろっこしいが、同じことをただ言い換えているだけだ。
なにも難しいことはない。
両横に、少し派手な男と、少し地味な男がいる。
ただそれだけのことだ。

AFTER TALK
with KIYOE YOSHIOKA

ずーっと斜めうしろから見ている。

いきものがかり。
ステージに上がるときの立ち位置は、
山下が上手(かみて)。水野が下手(しもて)。
お客さんから見れば、山下が右。水野が左。
演者のこちらから見れば、山下が左。水野が右。
以上、まどろっこしいが同じことをただ言い換えているだけだ。
何も難しいことはない。
両横に、少し派手な男と、少し地味な男がいる。
ただそれだけのことだ。

安心してほしい。
いずれにしても変わらないことがある。
中央にいるのは、吉岡だ。

彼女はずっと真ん中にいる。

20年も前から、それは変わらない。
自分は斜めうしろから、彼女をずっと見ている。

たまの休みに整体やマッサージにいくことがある。
基本は運動不足だし、もとから姿勢は悪い。
曲づくりは座り仕事で、腰や肩はとてもこる。
「こってますねぇ」と店主は得意げにいつも言う。
そして時折、こんな言葉を加えることがある。

「お客さん、体のバランスが悪いなぁ。もしかして、ずっと左側を向いています?」

大正解。
立ち位置からメンバーを見るには、左に顔を向けるしかない。
もう20年も左側を向いている。
左側を向いてきたキャリアが違う。
左向きが体に染みついている。
だから、そこはみくびらないでほしい。
変なところに誇らしげになって、
「そうなんですよぉ」と少し大きな声で答える。

彼女はずっと真ん中で歌っている。

小田急線の駅前で数人を相手にしていたときも
横浜スタジアムのステージ上で数万人を相手にしていたときも。
それは変わらない。ずっと見てきた。

愛されるひとだなと思う。
真ん中に立つひとは、そうであるべきだとも思う。
思うが、なかなか、そうはなれない。
愛されることは、なかなか手にすることができない才能だ。

努力をできるひとはいる。
資質が優れていて、
能力を豊かに伸ばせるひともいる。
他者に対して誠実で、
好感を与えられるひともいる。
物事に対して真摯で、
信頼を集められるひともいる。

それらすべてを兼ね揃えていたら、
それはもうずいぶんと素晴らしい人物で
簡単に愛されそうだが、そうでもない。

完璧だからといって、愛されるとは限らない。
それまで使っていた方程式とか、
物理法則、定理とか。
「愛される」という宇宙では、
どうもそれらが通用しないようだ。
だから「愛される」は分析できない。
理屈では説明できない。

20年も一緒にやってきたから、
「このやろう」と思ったことも、
1回や2回ではない。100回くらいはあると思う。
冗談じゃない。これでも控えめに言った。
たぶん、もうちょっとあると思う。
むこうが「このやろう」と思ったことは、
その3倍くらいあると思うけれど。
(ごめんなさい)

しかし、今も一緒にグループをやっているということは、
100回怒っても、101回は「しょうがねぇな」と思ってきたことの結果であって、
つまりは、そういうことだ。
あのひとが言うと許してしまう。
それが自分でも信じられない。
あのひとが言うと、このひとのために何かしてあげたいと思う。
そうなってしまうことが、自分でも信じられない。

それが自分だけではない。
チームみんながそうなのだから、
意味がわからない。
あのひとが「助けて」といえば、みんなが助ける。
あのひとが「楽しい」といえば、みんなが嬉しそうだ。
彼女の「愛される」の渦のなかに、
自分も巻き込まれてきた。
そしてそれは、それほど不幸せなことではない。

「愛される」はいつも複雑で、難解で、不思議だ。

20年一緒にやってきた。
大きなシンガーになったなと思う。
身内が褒める構図は、あまり品がないのはわかっている。

しかし、語る必要もある。
彼女は「愛される」ことには恵まれていたが、
「評価されること」に関しては、その実力に対して、
恵まれてこなかったシンガーだと思う。
ゆえにまわりが、もう少し、
彼女についてちゃんと語るべきだと思うことが、よくある。

当たり前のことを、当たり前にすることのほうが難しい。
歌を表現するということにおいての
いくつもの意味での“当たり前”を
彼女は、おそらく僕が出会ったどのシンガーよりも、
丁寧に、大切にする。

そこに扇動的な派手さはなく、
「個性」という都合のいい言葉を使って、
軽薄な色紙でくるんでしまえば済むような、
あやふやなものは、ない。

幹は太く。根は深い。
でもそれは外から見てわかりやすいかというと、そうではない。

あれほどわかりやすい歌を歌っているひとの魅力が、
わかりにくいものであるのだから、
物事というのは、いつも複雑だなと思う。

それを知っていながら、
表現に逃げずに愚直に歌うのだから、
なかなかあのひとも、意志が固い。

類型化できる「個性」や、
手にとりやすい「フック」や、
過程を結果に入れ込む「ストーリー」や、
そういったものを、意識してか無意識なのか
(水野がそうさせたこともあると思うけれど)
ずっと拒み続けて、ひたすら丁寧に、ひたすら誠実に歌ってきたら、
彼女にしか辿り着けないところに、
もしかしたら、もう辿り着いているのかもしれない。

ずっと見てきた。
だから、時々、恐ろしいシンガーだなと思う。

いきものがかりという広場があって。
その中心に立ち、彼女が歌うことをまだ選び続けるのなら。
僕も彼女の「愛される」の渦に巻き込まれながら、
この広場にふさわしい歌を、まだ、いくつも書いていくと思う。

こちらも、それほどやわではない。

彼女のように「愛される」ことは、
僕という人間にはできないかもしれないが、
幸い、僕には歌がある。
書いた歌が「愛される」ことには、少しだけ自信がある。
僕が書いた歌の「愛される」の渦に、
いちばん巻き込まれてきたのは、彼女だ。

ああ。
そういえば、彼女も、
自分の体を、喉を通して、届けた“歌”のほうが、
多くのひとに褒めてもらいやすい。とも言っていた。

「愛される」

愛されているものは、なんだろう。

わからない。
わからないから、
これからもずっと顔を左側に向けて。
彼女の姿を見るのだと思う。

渦はいくつも重なって、うごめいて、
そしてひとつになっていく。

斜めうしろから、ずっと見てきた。

大勢の観客たちが彼女を見ている光景を。
大勢のスタッフたちが彼女を見ている光景を。

笑ったり、泣いたりしながら。
手を振ったり、手を叩いたりしながら。

みんなが彼女に、夢を見ている光景を。

いつも歌声は、誰かに届いていく。
そして彼女は「愛される」。

Text by YOSHIKI MIZUNO(2019.4)

Photo/Kayoko Yamamoto
Hair & Make/Ryosuke Hasegawa
Styling/Masaaki Mitsuzono

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