2019.4.17
MUSIC

HIROBA Part 3
「シンプルに」という難問

HIROBAの第一弾の音楽作品は、
尊敬する小田和正さんとのコラボレーション楽曲です。

「昔はコラボレーションだなんて言わなかった。“一緒にやろう”だったよ」

そう言われたからといって、
軽々しく、あのひとに声をかけられるわけもなく。
勇気が必要なことだったし、念願が叶ったことでもありました。

「YOU」そして「I」
2つの楽曲ができあがるまでのストーリーを、
ここで話していきたいと思います。

Part3 「シンプルに」という難問

さすがに。
半年かかるとは思ってなかった。
夏に入る手前くらいだったろうか、小田さんの事務所を訪れ、
曲づくりの手順について、少しだけ言葉を交わして、
まずは水野が8小節か16小節か。
きっかけとなるようなメロディを書いてきて、
そこから往復書簡のように、書き連ねていこうか。
そんなところから、スタートすることになった。

結局、思いあまってワンコーラスほど書いてしまった。
簡単なデモをつくって、送った。
その譜面と歌詞のメモを携えて、また会いにいった。

「おお。聴いたよ。まず・・・」

そこからだ。
そこから、半年。

作品が無事に完成したあと
改めて二人で対談したときに、小田さんは笑って言った。

「あの頃は、お前が帰ったあとにスタッフによく言っていたんだよ。
おい、これ本当に終わるのかって。あいつ大丈夫かって」

今だから言えるけれど、小田さん。

コラボレーションなんて生易しい言葉を最初は使っていましたが、
泣く子も黙る、小田“道場”にうっかり入門してしまったと僕は思っていました。

そもそも、その道場はなかなか入門もできないから、
幸せ以外のなにものでもないのだけれど。

小田さんの事務所に何度もひとりで出向く。
マネージャーさんが玄関で迎えてくれる。

「え?水野くん、今日ひとり?」
「ひとりです。すみません、何度も何度も来ちゃって」
「いやいや、全然大丈夫。いつもの奥の部屋で(小田さんが)待ってるよ」

部屋に入ると、もはや見慣れた長テーブル。
奥のほうの決まった場所に小田さんは座っていて、
眼鏡をかけて譜面を確認していたり。
ときにはギターを持って歌いながらフレーズを確認していたり。

「お疲れ様です。すみません、たびたび」
「おう。来たか」

小田さんが少し視線を上げてこちらを見る。
軽く頭を下げ、向かいの席に座り、譜面と歌詞を広げる。

向き合ってもらった。
何度も、何度も。毎回の作業が数時間にわたる。
このひとの時間をこんなに奪っていいのかと、
少し怖くなったが、奪った以上、書き切らなくてはと思った。

無駄なフレーズ。冗長となるもの。匂いのあるもの。
そういうものを小田さんは嫌った。

サビ前の1小節ブレイク。
説明過多なイントロ。アウトロ。
メインフレーズの解決に使われるだけの数小節。
ワンコーラス目からツーコーラス目のあいだに入る無駄な数小節。
なにかのバックグラウンドを感じるような、
ジャンル分けができるような、匂いを感じるメロディ。
たとえば和メロなどと呼ばれるような、ああいうたぐいのもの。

それらは少しでもこぼれれば、すぐに削ぎ落とされる。

「シンプルに」

小田さんは口癖のように言う。
言葉は簡単だが、それは徹底されればされるほど、
実現するのは困難な標語だった。

必要以上でもなく、必要以下でもない。
それ、でしかないものを追い求めるような作業。

素数をみつけていくような作業。

アレンジデモをつくって送ると、
リズムトラックに指摘が入る。
ドラムフィルで展開や抑揚を安易につくろうとしていることが、
あっさり見破られ、しっかりと突かれる。

メロディと言葉、歌だけで「良く」なるものを。

「ハイハットだけで済むなら、もう2、4(2拍目、4拍目)のハットだけでいい」
極端な例ではあるけれど、そんな言葉も会話では出てきた。
必要なものだけがそこにある状態を、どう見つけるか。

「ワンフレーズ歌ってみただけで、ああ、いいな。
それで十分だなと思えるような」

1小節か2小節。さらに突き詰めれば、数音。
それだけで、何かを示せるもの。
豊かなイメージを与えられるもの。
小田さんが理想としているところが、どういうものなのか、
少しだけ触れることができた。

思い出してほしい。

「雨上がりの空を見ていた」

「さよなら さよなら さよなら」

「あの日 あの時 あの場所で」

「La La La La La La …言葉にできない」

この短いセンテンスで、あのひとは、
どれだけ豊かなイメージを生んできただろう。

歌うということについて、真剣に考えだしたのは
意外にもソロになってからだと話していた。
そしてさらにここ数年になって、
より深く考えるようになったという。

「歌で“演じる”というわけではなくて、やっぱり歌で“伝える”んだから」

だから歌の音の出て行きかたについては、
すべてのアイディア、工夫、労力を詰め込まなきゃいけない。

歌うことに慣れない自分が
歌録りに四苦八苦しているのを前にして、
小田さんは、さらっとワンフレーズ歌いながら示してくれた。

「例えば“そして”という3文字を歌うだけだって、
丁寧にニュアンスをつけて工夫をして、ちゃんと歌うか、
ただ、歌うかで全然、広がってくるイメージが違うんだよ」

「そして」

声はあの素晴らしい小田さんのものだけれど、ただ平坦なメロディ。
「それで、これが、こう歌うと…」

「そして」
歌い方を変えて。もう一度歌ってくれた。
同じメロディ。たったの3文字。
まったく違って聴こえる。
そして、のあとの物語も、その前にある物語も。
どちらの余白も感じさせる表現の厚み。
「そして」
言葉としても、ただの接続詞でしかないはずだけれど、
それが「詩」になる。
魔法みたいだった。

「ほらな。どうだ?」

ほらな、と言われても。何も言葉がなかった。
言葉にできない、だ。まさに。
2つの面で驚いた。

ひとつは目の前で実演してもらえたことへの単純な驚き。単純な感動。
たった3音。たった3文字がこんなにも豊かに聴こえるんだという、
その事実に素直に心が動いた。

そしてもうひとつは、
このひとも、小田和正でさえも
天賦の声だけで今までの道を歩いてきたわけではない。
そのことに気づいた驚きだ。

考えて、工夫をして、試行錯誤を繰り返して、

「雨上がりの」

という歌い出しのあの感動にたどり着いている。

そういうことか。
何もわかったわけではないけれど、
ほんの少し、気づかせてもらった。

小田さんも、長い道のりを歩いてきた。
そして、いまだに音楽に深く向き合うことに、
学んでいこうとすることに、探求していこうとすることに、
ためらいがない。

レコーディングスタジオでの雑談。
弦のアレンジについて「どういうところから考えていくのですか?」と
質問を投げかけたことがあった。
たまたま目の前にMIDI用の鍵盤があって、それを弾きながら小田さんは
和音の積みかた、ボイシングについて、
20代の頃から試行錯誤、いくつかの失敗も繰り返しながら、
自分がどんな気づきを得て、どう学んできたかを
とても楽しそうに語ってくれた。
いつもより少し早口になって、楽しそうに。
せっかく教わっているのに自分は
「ああ、このひと、本当に音楽が好きなんだな」と
大先輩に向かって、そんなことを思ってうれしくなっていた。

9月だったか、10月だったか。
始めてから何カ月か経って。

楽曲が8割、9割まとまりかけてきた。
全体の尺が決まり、メロディの概形が決まり、
歌詞もひとまずのところまでは書かれていて、
それでは一度アレンジデモをつくります。
と言って持ち帰り、フルコーラスのデモを組んだ。
のちに紆余曲折を経て、それは「I」となる作品だったが、
そのままレコーディングに入ると思って、
ほぼ完成イメージがわかるものをつくった。
そのデモを送って、また会いに行った。

自分のスタッフには
今日でおそらく全容が決まる。もうこれで、あとは録音だから、
スタジオやミュージシャンのスケジュールの手配を始めよう。
そんな話をしていた。

いつものように小田さんの事務所に行き、対峙する。

「あの、2Aあたりからはじまるリフレインのフレーズあるよな」
「ああ、ピアノの高いところで、四分で繰り返すやつですね」
「あれ、いいな」
「(ほめられた!)あ、あ、ありがとうございます」
「むしろ、あれを歌のメロディにできないかな」
「ああ、やってみますか?」
「そうだな、あれをAメロにして」
「(Aメロ?)はい」
「それで1曲つくってみたらどうだ?」
「(1曲?)はい」
「うん」
「え、それって、新しい曲をつくりなおすってことですか」
「まぁ、そうだな。どうだ?」
「(えええええええええ!!!!)はい、やりましょう」

3カ月くらいかけて、もう少しで完成だった曲を
イチから書き直すことが、この瞬間決まった。

後日、そのときのことを小田さんに聞いた。

「あのときは、あの曲の行く先が見えちゃったからな。
こっち(=新しいAメロ)の方が面白いって思ったんだよ」

落胆というより、高揚した。
やってやろうと、思った。

最後の最後まで、小田さんは一貫していて。
それがどんなにドラスティックな選択でも、
どの時点においても躊躇なく、
良いと思ったほうを選び、実行する。
それは完成の直前まで徹底していた。

それを、しかも事も無さげに言う。
自然に、当たり前のこととして。

その後また数ヶ月を経て、楽曲が完成し、
たどり着いた「YOU」のレコーディング。
作業も終盤にさしかかって小田さんは言った。

「やっぱり、ボーカルは一人で(=水野だけで)いいんじゃないか?」

(つづきます)

Text by YOSHIKI MIZUNO(2019.4)

Photo/Kayoko Yamamoto
Hair & Make/Yumiko Sano

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