2019.5.21
ESSAY

そして歌を書きながら 今年も桜は咲いた
喜びも悲しみも重ねて

2019年春から、共同通信社より各地方新聞社へ配信される水野良樹の連載コラム「そして歌を書きながら」(月1回)

こちらではそのコラムに加筆修正を加えたHIROBA編集版を、お届けします。

今年も桜は咲いた 
喜びも悲しみも重ねて

今年も春が来た。
願わくば、桜のような歌を書きたい。
そう、ずっと自分は思ってきた。

東北に震災が起きたあの春にも
家の近所では桜が咲いた。
当たり前と言えば当たり前だが、
あの春はその当たり前が
どれほど尊いものであるのか、
思い知らされた特別な春だった。

大切な存在を失った人々がいる。
家を生活を、そして桜の木ごと
故郷を失った人々がいる。
日常を、淡々と続くはずだった
日々を奪われてしまった人々がいる。

情けなかった。
歌書きであるのに
どんな歌を書けばいいのかわからない。
嘆きも怒りも励ましも口にすれば
すべての言葉たちが空々しく、
圧倒的な現実を前に
重みを失って宙に浮いていく。
宙に浮いた言葉たちは、
まるでこれまでの姿が幻であったかのように、
その佇まいを変容させてしまった。

「明日」という言葉は
それまでに持っていた快活さを失い、
その足元に、まとわりつくような
薄暗い影を帯びてしまった。
「希望」という言葉は
それまでに持っていた躍動感を失い、
もろく危うい軽薄さを、
その表面に露出してしまった。
わかりきった事実だったのかもしれない。
自分は何もできない。
悲劇を経て、
世界は変わってしまったように思えた。
うな垂れた。

しかし、桜は咲いた。
目の前で、無垢のまま、変わらずに咲いた。

美しかった。

それは残酷なことではあるけれど、
たとえ世界で何が起ころうとも、
時は決してその流れを止めることはない。
喜びも、悲しみも、
すべてを無慈悲に飲み込みながら、
時は未来からこちらへと
流れ込んでくるだけだ。

そのなかで、桜は咲き、そして散る。
幾度も繰り返されてきた、一瞬の明滅。

桜に、誰かを励ましてやろうなどという
気持ちはない。
咲き誇ってやろうなどという見栄もない。
誰かの過ちを責めたりすることもない。
何も変わらない。何も語らない。
遠い過去から続く
季節の繰り返しに身をまかせて、
桜はそこで、咲くだけだ。

美しかった。
あの春の桜も、悲しいほどに美しかった。
ただそこに在ってくれることが、
どれほど優しいことなのか。
どれほど尊いことなのか。
その姿は、多くを教えてくれた。

「多くの人々を元気づける歌を」

聴き手から
そんな歌をつくることを求められたり、
ときに自分たちも同様の願いを込めて
歌を書くことがある。
しかし、それは簡単なことではない。

言葉とは難しい。
誰も傷つけない言葉などあり得ないからだ。
その言葉は踏み越えてはならない
一線を越えてはいないか。
触れてはならない
誰かの傷をえぐってはいないか。

甘く優しい愛の歌は、
愛からはぐれてしまった人にとっては、
ときに刃物より深く心を刺す凶器となりえる。
幸福を願う歌のよどみのない眩しさは、
幸福を手にできずに苦心する人にとっては、
残酷な暴力になりえる。

「薬にも毒にもならない
人畜無害の歌ばかり書きやがって」と、
自分はこれまで幾度も揶揄されてきた。
しかしその言葉に
あえて思いを投げ返すのならば、
皮肉ではなく事実として、
何者も傷つけない無害の歌を書くなど、
本来は途方もなく難しいことなのだ。

姿かたちが丸く柔らかで、
口当たりがよい多くのポップソングを、
人畜無害であると、
疑いも、葛藤もなく信じられるのなら、
それはあまりにも
幻想と楽観に浸りすぎている。
自分はまだ、
人畜無害の歌にたどりつけてなどいない。

深い悲しみをまさに今、
その胸に抱く人が
この歌を耳にしたら何を思うのか。

その問いの周りを情けなく
逡巡しながらそれでも覚悟を決める。
その時々にかろうじて出した答えに、
その都度、身をかける。
祈るような心情で、
そうやっていつも自分は、歌を書いている。

だから思う。
泰然とただそこに在ることで、
多くの人々の心に寄り添うことのできる
桜のような歌をいつか書けないか。

喜びも悲しみも。
始まりも終わりも。
出会いも別れも。
未来も過去も。
希望も、そして絶望も。
人々は実にさまざまなことを、
桜の姿に重ね合わせてきた。

桜は何もしていない。何も語っていない。
春が来て、咲き、そして散る。それだけだ。

ありのままの一連。
ただその姿を見せることによって、
多くの心を受けとめてきた。

あの人はもういない。

咲き誇る桜を見たとき、
去年までは隣にあったはずの温もりが、
もうそこには無いことに気がつく。
そして同時に、その声を、その笑顔を、
ともにした日々を、静かに思い出す。

寂しさも悔しさも、
懐かしさも愛しさも、
ただ溢れ出る。

それでも、
明日を生きていかなくてはならない。
止まらぬ残酷な時の流れのなかを、
歩いていかなければならない。

決意する。希望を探す。
その人はもう一度顔を上げる。
そこに、ただ桜が咲いている。

歌も、そうなれるのではないか。
ただそこに在って、
誰かの心と向き合えるものに。
誰かの心に寄り添えるものに。

そんな歌を僕はつくりたい。

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