2019.6.9
TALK

水野良樹×前川清×糸井重里 AFTER TALK
about Song of
KIYOSHI MAEKAWA

少しずつ言葉を話すようになってきた
2歳の息子が、家にいる。
なぜその言葉を放つと、
父や母が喜ぶのか、
おそらく彼はよくわかっていないで
うながされるままに
「ありがと」と言う。

AFTER TALK about
Song of KIYOSHI MAEKAWA

少しずつ言葉を話すようになってきた
2歳の息子が、家にいる。
なぜその言葉を放つと、
父や母が喜ぶのか、
おそらく彼はよくわかっていないで
うながされるままに
「ありがと」と言う。

ご飯をつくってもらって、
「ママ、ありがと」
絵を描いてもらって
「パパ、ありがと」

父や、母は、
その言葉に入れ込む「思い」について
まだよくわかっていない息子が放つ
おそらくは、かたちだけの「ありがと」に、
だが、どうしてか、実に心を動かされる。
ときに、涙したりするときもある。

それをみて、不思議なのか、
嬉しいのか、楽しいのか、
ケラケラと息子は笑い、
おもちゃを手にしたかのようにはしゃいで
「ありがと」と何度も言う。
「あ、お前、ふざけているな」と
父と母は、また笑顔になる。

言葉に対して無垢な息子とのやりとり。

そのなかで立ち止まり、
考えさせられる瞬間が、
いくつも、なんども、ある。

言葉というやっかいなものは、
“このひと”が言うからこそ、
「意味」や「思い」を持つ。
ということが、よくある。

というか、本来、言葉とは
ただそこにカタチがあるだけであって、
いつ、どこで、だれが、
だれに対して、どんな声色で、
それを放つかによって、
そこに生まれてくる意味、
そこに育っていく思い、
そこに発見される感情、
そこから漏れ出てしまう真意、
すべて変わってくる。

だから言葉を
人間と人間とが織りなす日常の複合性のなかから
ひとつまみに取り出して、
独立して「作品」とさせることは、
とても不自然なことだし、
ましてや、その「作品」によって、
誰か遠くのひと、見ず知らずのひと、
彼ら、彼女らの心を動かそうというのは、
これはほんとうに、とても難しいことだ。

「いい歌をつくって人の心を動かしたい」

同じようなことを自分だって、
なんどとなく言ってきてしまったけれど、
考えようによっては
言葉に対して、この願いは
あまり謙虚ではない願いなのかもしれない。

「歌」も言葉の在り方のひとつであるとするなら、
「歌」もまた、すがた、かたち、にすぎない。

書き手が、その技術や熱意によって、
及ぶことのできるのは、どこまでいっても、
すがた、かたち、までだ。

その、すがた、かたち、が
そこから生まれてくるであろう
「意味」や「思い」に対して、
どれほど広く、深く、豊かに、
可能性を開くことができているか。
いつも問われるのはそこであり、
言い方を変えれば、
戦えるのはそこだけでしかない。

「意味」や「思い」という広い海。

その波打ち際にしか立てないことに、
書き手は謙虚であるべきだと思う。
それ以上の戦いをしていないのに、
それ以上の願いを口にするのは、
もしかすると、どこかで自分の力を
見誤っているのかもしれない。

そんな考えに、
少しだけ気づくことができたのは、
やはりあのシンガーの歌い姿を、
目の前にしたからだと思う。

「ベテラン」
「大御所」

そんな形容詞をつけられても
なんら不自然がない、
誰もが「そりゃそうだ」と頷く
長いキャリアを歩んできたそのシンガーは、
数十年前と変わらず、直立不動で、
眉間にかすかにしわを寄せ、
ただ、ただ、ひたむきに歌う。

この「ただ、ただ」が、
おそらく、ほとんどのひとが
できない。見失う。こぼれおちていく。

自分の戦いに対して、
自分の努力が及ぶことに対して、
懸命であること。
必死であること。
真摯であること。

そして「それ以上」のことに対して、
畏怖心を持つこと。
誠実さを持つこと。
謙虚さを持つこと。
くわえて、品良く覚悟を差し向けること。

プロであるべきところをプロでいて、
無垢であるべきところを無垢でいる。

歌の技術において
老練さを極めた人間が、
言葉を初めて口にしたばかりの
子供のような無垢さで、
はたして「歌」に向き合うのなら、

それはもしかしたら、たしかに、
言葉が、しばしば、からめとられてしまう
複雑さの沼を抜けて、
ただ、ただ、シンプルに、
人の心を動かすのかもしれない。

冗談を言って、
笑顔でおだやかで、偉ぶらず、
上品なことも、少し下品なことも、
すべてにおいて品をまとっていて、
「なんだか水野君は難しいことを言うけれど」と
前川さんは笑うでしょうが。

「前川清の歌」を目の前にして、
僕は表現について、多くを考えさせられ、
教えられました。ありがとうございました。

誰かにとっていい歌となる、
いい歌が、書きたい。


Text by YOSHIKI MIZUNO(2019.6)

Photo/Manabu Numata
Hair & Make/Yumiko Sano

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