2019.7.3
TALK

水野良樹×横山だいすけ AFTER TALK with
DAISUKE YOKOYAMA

「さよならだよ、ミスター」を書いたのは、
2017年の春だった。
まだ息子が生まれたばかり。
そんなタイミングで親子をテーマにした歌を書くオファーをもらった。
ああ、縁だな。
そういうめぐり合わせもあるものだな。
熱が入る。
数日で一気にフルコーラス書き上げた。
歌うのは、“だいすけお兄さん”と呼ばれる
歌のお兄さんだという。

AFTER TALK with
DAISUKE YOKOYAMA

「さよならだよ、ミスター」を書いたのは、
2017年の春だった。
まだ息子が生まれたばかり。
そんなタイミングで親子をテーマにした歌を書くオファーをもらった。
ああ、縁だな。
そういうめぐり合わせもあるものだな。
熱が入る。
数日で一気にフルコーラス書き上げた。
歌うのは、“だいすけお兄さん”と呼ばれる
歌のお兄さんだという。

NHKの教育番組。
あそこで毎朝、子供たちに語りかけてくれるお兄さん、お姉さん。
その存在がどれほど尊いものか。
どれほど心強いものか。
それを理解できるのは、子どもが乳児から幼児へと変わる頃からだ。
親にはなっていたが、まだその頃は、
彼らの偉大さをちゃんとわかっていなかった。
(今はめっちゃわかってる。お兄さん、お姉さん、いつもありがとう。)

子どもがいる知人たちから噂を聞く。
「とっても素敵なお兄さんが卒業してしまう」
「だいすけロスだ」
なにやら、すごいひとに歌ってもらえるのだな。
レコーディングの前に顔合わせを兼ねた打ち合わせがあり、会えることになった。
仕事のことなので易々と外では話せないが、
いつか歌が公開されたら、知人たちに自慢できるかなと、
それくらいの軽い下心も秘めて、
“だいすけお兄さん”に会いに行った。

驚くほど、快活なひとだった。

きれいごとを言うつもりはない。
人間なんて、誰だって、明暗どちらの要素も持っている。
100%明るい人も、100%暗い人もいない。
普通は混濁していて、それが当たり前だ。

ときにステージに立つ人が
ドラマティックに見えるのは、
例えば明るい要素だけをことさらにショーアップしたり、
例えば暗い要素だけをむき出しにして表現に落とし込んだり、
そうやってデフォルメされたり、フォーカスされたり、しているからだ。

生身の人間は、もっと複雑であるはずだ。
でも、横山だいすけというひとは、
なんだろう、とっても明るかった。

それはテンションが高くてずっとしゃべっているとか、
笑い声が大きくてみんなを楽しくさせるとか、
そういう派手なことじゃなくて、(それも素敵な明るさだけれど)
横山だいすけという存在自体が
もっている、身につけている、
もとからの、人間の奥からの、明るさみたいなもの。

事前に送ったデモを聞き込んでくれていた彼は、
歌詞カードをテーブルに出して、
疑問に思った歌詞のフレーズについて、
真摯に質問をぶつけてくれた。
こちらが答えると納得してもらえたようで、大きく頷いてくれた。
なんだか、わかりあえたようで嬉しい。

「歌のニュアンスをちょっと聞いてくれませんか」
スタジオではない。普通の会議室だ。
躊躇することもなく彼はその場で立ち上がり、目の前で歌ってくれた。
自分も、スタッフも、みんな感動してしまった。
歌が素晴らしかったのはもちろんだけれど、
その真面目すぎる歌への向き合い方に。

ああ、だからか。
このひとはこの姿勢で、ずっと子どもたちに向き合ってきたのだろう。
そりゃ、信じてしまう。
そりゃ、好きになってしまう。

あれから2年ほどが経って、
“だいすけお兄さん”から“横山だいすけ”となって。
活動の幅がどんどん広がっても、
その芯にある、明るさ。
その芯にある、誠実さ。
幹は変わってはいない。
基軸がしっかりとそこに在るから、
大きな円となって表現は力強く広がっていく。

どんなにまっすぐで、シンプルな言葉も。
どんなに切なげで、悲しい言葉も。
横山だいすけというひとを通して表現されると
奪われることのない明るさをまとう。

その明るさはきっと、
だれかをまた、笑顔にさせるのだろう。

Text by YOSHIKI MIZUNO(2019.7)

Photo/Kayoko Yamamoto
Hair & Make/Yumiko Sano,
Chinami Ando
Styling/Chisato Yoshioka

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