2019.7.10
ESSAY

関取花 連載第4回 歌のかけら

HIROBAでの連載も第四回目ということで、そろそろ音楽の話でも書こうかと思ったのだが、パソコンの前に座って考えること約二時間、どうにもこうにも筆が進まなかった。

歌のかけら

HIROBAでの連載も第四回目ということで、そろそろ音楽の話でも書こうかと思ったのだが、パソコンの前に座って考えること約二時間、どうにもこうにも筆が進まなかった。
最近の私はと言えば、こと音楽の話となるといつもこうである。それは曲作りにしてもそうだ。途端に構えてしまい、頭でっかちになる。ならばそんな現状をこの場を借りて赤裸々に語ってみようと思った。これはHIROBAでしかできないことだと思ったのだ。

私は普段エッセイやブログを書く時はかなりこまめに、なんなら一行一行推敲しながら前に進む。みんなが読みやすいように、共感しやすいように、そのことを一番の念頭に置いたうえで取り掛かる。しかし、今回はまったく出口が見えない状態から書き始めてみた。
つまりこれはいつもの真逆だ。ここにはいつものサービス精神はない。でも意地も見栄もない。これはしがないミュージシャンの長い長い独り言であり、備忘録である。

歌詞が書けないのである。まあ書けない。病的に書けない。
本当なら五月中には次に出すアルバムの曲が決まっていなければならなかったのに、いまだ一曲も決まっていない。書いていないわけではない。デモは出している。でも自信作は一つもない。自分でもわかる、こんなの世の中に出すくらいなら音楽辞めたほうが良いなあと思う。

そもそも私は多作派ではない。10代の頃から、新譜を出すたびに常にストックがない状態である。デモの段階で、圧倒的に自分が心惹かれるものとそうではないものがある。心惹かれるものは形になり、そうでなかったものは完成しても結局自分の作品だと胸を張って聴かせられるようになる日は大抵来ない。(例外もたまにあるけど)

メロディはいくらでもできる。たくさんある。心惹かれるメロディ、景色が浮かんでいるメロディ、鳴っている楽器、ライブの様子まで見えるメロディ。

そう、いつだって問題は歌詞なのだ。物語の主人公が動き出しさえすれば、そこからは早いのに。一日に何曲だって書ける日もあるのに。どんな小さなかけらだって物語のきっかけにできるのに。

だから私は時間さえあれば”かけら”を探しに行った。朝は家事をして、昼に散歩をしたり本を読んだり映画を見たりして、それなりに何かしらを吸収して、メモを取ったり歌詞の断片を書いてみたりして、割とホクホクとした気持ちで家に帰った。紙とペンを手に取って、あとはもう、さっき拾ってきたかけらから主人公を想像して動かすだけ。

うーん、うーん。私は頭をひねった。でも何も出て来なかった。いや焦るな、大丈夫だ。今はその時じゃないだけだ。私は自分の背中をさすった。

そんなことを繰り返していたらあっという間に今はどんどん過ぎて、気付けば半年経っていた。ハリボテの”っぽい曲”はそれなりに出来ていたが、何の思い入れも感情も湧かないものばかりだった。

本人がそう思うだけで、聴かせてみたら案外、周りの人たちはそうではないかもよと優しいあなたは言うだろう。聴かせたさ、ダメだったさ、そりゃそうだ。何がダメなのか感じているポイントも私とまったく同じだった。

でもむしろホッとした。「これでもとりあえずいいよ、大丈夫バレないよ」という考えの人が自分のチームにはいないことは心底ありがたい環境だと思った。だからこの人たちを心の底から驚かせて、喜ばせたいと思った。

やる気は過去一あるのだ。何がダメなのかもわかっているのだ。頭では理解できているのだ。なのになぜだ、なぜここから一歩も動けない?

もどかしさと悔しさと虚しさと雨の憂鬱さで、日に日に心は石像のように硬くなり、浮かんでいたはずの景色は湿気の多い部屋で保管したレコードのようにどんどん歪んでいき、しまいには今まで何かに感動していたのはすべて自分の演技だったのではないかとさえ思い始めた。

何がいけない、何がいけない、私は原因を探り始めた。わからないけどなにかはしなきゃいけないから、まず生活を少しだけ変えてみようと思った。

朝一でまず家事ではなく紙とペンを持って、夜に散歩にしてみようか。そしたら見えなかった景色が見えてくるかもしれない。真っ暗闇の中だから見えてくることもあるかもしれない。それは例えば蛍光灯に群がる蛾、冷えたコンクリートの匂い、道端に落ちているビールの空き缶。あるぞあるぞ、今まで拾えていなかったかけらがたくさんあるぞ。よし、もうすぐ、もうすぐだ。

うーん、うーん。また私は頭をひねった。でもやっぱりダメだった。いや泣くな、大丈夫だ。きっと新鮮過ぎて心がびっくりしただけだ。私は自分に言い聞かせた。

そう、もうすぐなはずなのだ。どんよりした真っ黒い雲は、やがてやってくる美しい朝の引き立て役でしかない。たった一箇所の風穴さえ見つかれば、ほんの小さな小鳥の鳴き声さえ聞こえれば、メロディの上を彼が走り出してくれるはずなのだ。青いシャツを着た少年が、犬を連れて。そう、そこまでは見える、見えているのだ。動くまでもう一歩、もうひと押し。ほらもうすぐだ、…もうすぐなのになんで出て来ない?

考えろ、想像しろ。周りには何が見える?どこへ向かっている?そこには何がある?この物語のオチは?教訓は?勝算は?一つ一つの質問に順番に答えていけばいいだけだ。簡単なことじゃないか、さあ答えるんだ。

私は頭を熱暴走寸前までフル回転させながら真剣に考えた。でも、考えれば考えるほどわからなくなっていった。そうやって無意識のうちに私はどんどん壁に追い詰めていたのだ。自分自身と、物語の主人公を。

主人公が見えたら、じゃあそのあとに必要なのは背景だ。景色さえ浮かべばあとは早い。歌詞の世界観、状況の設定がしやすくなる。そこまでいけば、主人公もそれに見合った動きをし始めるはず。

でもそれがよくなかった。もっともっと自由に、彼の好きなようにさせてやらないとダメじゃないか。遠回りでも、無駄な時間でも、主人公をもっとちゃんと愛してやらなきゃ愛着が湧く曲なんてできないに決まっている。

彼は本当にその都会の街に住みたいと思っているか?叶わない恋はしているか?タバコは吸うか?答えがノーだとしたら?私がそこで彼を動かすために無理やりつけた都合の良い景色は、彼の望んでいる居場所じゃなかったとたら?私は彼のことを何も知ろうとしていなかった。だから何もわかるはずがなかった。私はたった今、これを書きながらそれがわかったのだ。

音楽を始めて約10年、己に酔い、勝手に絶望し、知らない間にそこから取り急ぎ抜け出すための方法論ばかりを覚えてしまっていた。そんな奴がいい歌を書けるはずがない。もう、この際だから公の場で説教しておこう。

あんたはいつもすぐに答えにたどり着こうとしすぎなんだ!手っ取り早いリアクションを物語の主人公にも求めるな!楽しようとするな!オチばかり探すな!あんたはそんなに巧くない!自惚れるな!聞いているか、あんたのことだよ!関 取 花 !

…さあ、彼の話に戻ろう。私の頭の中に浮かんでいる、犬を連れた青いシャツの少年。今あるのはその姿だけだ。目を閉じよう、かけらを拾おう。

ハリボーグミなら透明の味が好き、筆箱の中は鉛筆削りのカスを捨てないから真っ黒。ペン回しの練習ばっかりしていて指にタコができた。好きな音楽は特になし、恐竜は好き。でも詳しいわけではない。貯金箱はあるかい?ある気もするけどない気もする。でもたっぷりは入っていないと思う。靴下はたたまずに丸めるタイプ。スノーマンは好き。でも雪はめんどくさいから嫌い。寒いし。電車よりバスが好き、バスに乗るなら運転手さんの斜めうしろの一人座りの一番前の席。鼻くそをほじって食べたことはある。でも鼻毛が混ざっているのを一回見てからは食欲が失せてやめた。エロ本にはまだ出会っていない。初恋も多分まだ。ほら見えてきた、まずは年齢が見えてきた。小学校低学年だ。

背はあまり高くない。友達は赤いTシャツを着ている。多分国籍は違う、肌の色も少し違うね。少しのんびりしてどんくさいタイプの子だ。でも大の仲良しだ。彼といると優しいきもちになれる。花の色は鮮やかだということに、雲の形は毎日変わるということに、赤信号を待つ時間もそんなに悪くないということに気付く。犬のチャーリーは茶色い。短毛よりは長毛、耳は垂れている。でもダックスフントじゃないよ。チャーリーも友達のことが大好きだ。他の人には吠えるけど、彼には吠えない。ほらまた見えてきた。

たぶん彼らは派手なグループにいるタイプではない。でも毎日楽しい。ゲームがなくてもかっこいいスニーカーはなくても楽しいことを見つけられる。ずっと彼らが仲良しならいいな、ずっと雲の形を見ながら話をしていてほしいな。おじいちゃんになっても。チャーリーは先に死んじゃうかな。チャーリーの形の雲を彼らはいつか見るだろうな。それを見て流した涙は透明のハリボーグミの形かも。懐かしいね、でもこれは甘くなくてしょっぱいねって笑うかな。

ああ、二人が愛しくて愛しくて涙が出てきた。二人の歌が書けそうだ、でも愛しすぎて書けないかもしれない。それならそれでいい。

私の心臓の血管を小さな機関車が走り出した。窓の外には青いシャツの少年と、その友達と、茶色い犬のチャーリー。今日はここで停まって彼らを見よう。その先はわからない。行き先なし、時刻表なし、線路なし。でもそれでいいのだ。

ああ何をこいつはと思う人もいるだろうけれど、いま私は本気で心の底から生きていてよかったと思っている。たったいまの感情だ。こういう気持ちになれるから音楽が大好きなのだ。己の才能のなさや無駄な自意識や圧倒的輝きを放つバケモノみたいな人たちに気おされて本気で辞めたいと思うこともあるけれど、時々、ほんの時々、自分が愛しくてたまらないと感じたものを歌にできる時がある。その一瞬のためなら本気で頑張れる。私はその一瞬の希望を半年ぶりに見たのだ。まさにこの原稿を書きながら。その一瞬をここに残せたことを誇りに思う。そう、日常や思想やよくわからないガラクタからたくさんの小さなかけらを拾い集めて、いまやっと、歌のかけらになったのだ。

関取花(せきとり・はな)
愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けているミュージシャン。
昨年はNHK「みんなのうた」への楽曲書き下ろしやフジロック等多くの夏フェス出演を経て初のホールワンマンライブを成功させた。
2019年5月8日にユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。
ちなみに歌っている時以外は、寝るか食べるか飲んでるか、らしい。
関取花オフィシャルサイト
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関取花ライブハウスツアー「梅雨だくツアー2019」
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