2019.8.13
ESSAY

HIROBA編集版
「阿久悠をめぐる対話を終えて」(全8回)
第8回『愛せよ』
唄:山本彩さん 編曲:亀田誠治さん

阿久悠が残した未発表の遺作は、かなりの数があり、その大部分がまだメロディをつけられていないままだそうです。没後10年の今年、多くのアーティストが未発表詞に曲をつけ、さまざまなかたちで、それらが発表されています。

第8回『愛せよ』
唄:山本彩さん 編曲:亀田誠治さん

阿久悠が残した未発表の遺作は、かなりの数があり、その大部分がまだメロディをつけられていないままだそうです。没後10年の今年、多くのアーティストが未発表詞に曲をつけ、さまざまなかたちで、それらが発表されています。

今回の番組においても、一篇の詞を預かり、曲を書かせて頂く機会に恵まれました。

一般論として、未発表の作品というものは、作者が本当に世に出したかったものなのか、わかりづらいところがあります。もしかしたら本人にとっては満足のいく作品にならなかったために、あえて発表せずに手元に置いたままにしてあった、ということも考えられるからです。

今回についても、そこに対する危惧がなかったかといえば、嘘になります。

しかし、取材のなかでいくつかの直筆原稿を手にとって確かめさせて頂くなかで、そんな不安は少しずつなくなっていきました。

阿久悠の原稿は、おそらく僕が拝見した限りにおいては、書き直しのあとがほとんどありませんでした。何を言いたいかというと、つまり、書き損じた場合は、その原稿用紙を捨てていたのではないかということです。

最初の文字から、最後の文字まで、完璧に書くことを自分に強いていたのではないでしょうか。たとえほんのわずかでも、淀みや迷いが原稿用紙のうえに混ざることを許さない、かなり徹底した、清書です。(おそらく清書をする段階では、作品そのものは推敲を終え完成していて、あとはそれを原稿用紙に刻むのみ、となっていたのではないでしょうか)

それほどの熱意を持って清書してある作品。

少なくともこの清書という行為を経ているものであるならば、歌として育て、世に出す意志があったものではないだろうか。少し都合が良い考えなのかもしれませんが、そう思い決めることで、残された大切な詞にメロディをつけさせて頂く決心がつきました。

歌っていただいたのは、アイドルでシンガーソングライターの山本彩さん。

アイドルという社会の期待を一身に受けとめる存在であり、なおかつ、自らも作品をつくり自己表現も行う彼女。「時代」という言葉を繰り返しつかっていた阿久悠の歌だからこそ、彼女のような、今の時代を象徴するような場所に身を置くひとに歌っていただくのがふさわしいと思い、お願いしました。

編曲、プロデュースは亀田誠治さん。

亀田さんには制作にあたり、今回の番組の経緯も含めて、楽曲について綴った長文のメールをお送りしました。亀田さんには、いきものがかりの作品でも何度もお世話になっていますが、作り手の熱をしっかりと汲み取ってくださる方です。

阿久悠の「狂気の伝達」に影響されたのか、僕も亀田さんに少しでも熱を伝えようと、あつくるしい言葉を送ってしまいました。真正面から、受け止めて頂いたと思っています。

直筆の原稿を、作業場の机に置き、阿久さんが書いた言葉を目の前に、鍵盤にふれながらメロディをたぐりよせていくのは、得難い時間でした。

それっぽい脚色をするつもりはないのですが、なにか阿久さんにあの鋭い目つきで睨まれているようで緊張感がありました。メロディをつくり終えて、簡単なデモに仮歌を録り終えたときは、思わず原稿に向かって「これで、大丈夫ですか?」と呟いてしまいました。

『愛せよ』は、今の時代に必要とされている言葉だと思います。

すべてが相対化され、正義と正義とがぶつかり、どちらも正しさを主張して、分かち合うことは絵空事になってしまっている、今です。

この作品は、昭和63年の秋に書かれたものだそうです。つまり、昭和最後の秋です。

もちろん今とは違う社会を見つめながら、今とは違う問題意識で、阿久さんもこの言葉を書き連ねていったのだと思います。

しかし、それを博物館で掲示されるような「偉人の過去の言葉」として、ただ流し伝えるだけでは、意味がありません。あくまで現代の歌としての息吹を与えなくてはいけません。

平成も改元に近づいている現在を生きる自分が、現代の社会をみて、現代の問題意識で、現代の解釈で、この詞を選びとり、メロディをつけ、新たな意味をもたせて、世に届ける、そのことにこそ意義があるのだと思います。

昭和最後の夏に書かれた言葉に、僕は僕が生きる今の時代なりの思いを、ぶつけて、つなげたつもりです。それが阿久さんに対して、そして阿久悠の言葉に対して、もっとも誠実な向き合い方であろうと思ったからです。

詞から、歌となった『愛せよ』。そしてこの歌が広がっていく先の景色。

それが、時代に、社会に、他者に、倒れることなく最後まで自分の言葉を投げかけていった彼に対して、僕が精一杯の力を込めて返したかった、返事です。

(おわり)

※この連載は、ETV特集「いきものがかり水野良樹の阿久悠をめぐる対話」(NHK Eテレ2017年9月23日放送)の出演を経て、水野が2017年10月にまとめたエッセイの再掲載です。一部、記述が2017年当時の状況に沿ったものとなっておりますことを、予めご了承ください。

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