2019.8.30
TALK

水野良樹×藍井エイル Part 2
自分の音楽を聴いてくれる人と楽しい空間をつくることが、今の喜び

Prologue from Yoshiki Mizuno

アルバム「FRAGMENT」で「今」という楽曲を
提供させていただいた藍井エイルさん。
同じ時期に“自分を見つめる時間”を持ち、
同じようなことを考え、
同じような景色も見たであろうことは
偶然ではないような気がしています。
楽曲制作の打ち合わせで語ってくれた夢や迷い…
その続きが聞きたくて、藍井さんに会いに行きました。

Part 2 自分の音楽を聴いてくれる人と楽しい空間をつくることが、今の喜び

水野今、藍井さんは、どういうところに歌う喜びを感じていますか?
藍井誰しも絶対、必要とされたいじゃないですか。
水野はい。
藍井私にとって、一番必要とされるのが、歌っているときだったんです。必要とされていることがうれしい。最初はそういう思いだったのが、だんだんとファンの人との関わりが増えるなかで、応援してくれている気持ちを強く感じるようになって。思いを届けてくれる人たちに、歌で恩返しをしていきたい、一緒に楽しみたいという思いにたどり着きました。自分の音楽を聴いてくれる人と楽しい空間をつくることが、今の喜びですね。
水野ああ、ほんとに真面目なんですね。
藍井いえいえ(笑)。
水野僕もそうですが、ある種の承認欲求から始まって、それが認められるようになると、さらに期待に応えたくなる。一緒に共有していきたいと思う。その先にも、また楽しいことが待っているんでしょうね。
藍井そうですよね。
水野休みを経て、前よりももっとファンの方々を信じられるようになったんじゃないですか?
藍井はい。ファンの皆さんの前でも、自分の素に近い部分がどんどん出てくるようになりました。前は、自分から張り詰めるような空気をつくってしまっていたところもあって…。それでは誰も幸せになれないし、私も「こうじゃなきゃいけない」というマストビー(must be)精神になっていたので…それがよくなかったですし、よくないことを知ったからこそ、もう同じようにはならないようにしようと思っています。
水野いやぁ、おもしろいですね
藍井自己暗示のような…。強い思いは大事ですけど、変な方向に行くと、自分を追い込んでしまう部分もあるのは怖いなと思いました。素の自分に戻る瞬間は、絶対に必要ですよね。
水野そうですね。エンタメをつくって提供する側には、外から求められる自己像を、しっかりと見せないといけない瞬間があるじゃないですか。
藍井はい。
水野僕らも「いきものがかりとは、こういうグループだ」「こういう音楽をつくるべきだ」といった理想像を立てて、それを目指すことが正解だと思っていた時期がありました。でも、それを追い求めるだけだと、独りよがりで、実は正解ではないかもしれないということに気づいて。みんなの期待に応えているつもりで、誰もハッピーにならないという…ほんとに難しいですよね。
藍井難しいですよね。
水野自分たちは見せないほうがいいと思っていたことでも、ファンの方々からすれば、それをちゃんと打ち明けてくれる方がハッピーに感じるよ、と言われることもあって。何が正解かわからないですよね。
藍井間違ったことを間違ってないようにしていた部分もあったので。
水野真面目ですね(笑)。
藍井でも、隠されると余計につつきたくなっちゃうじゃないですか。お互い笑って済ませられることも、笑えなくなってしまうと、ちょっと張り詰めちゃったりするじゃないですか。それはファンの人や自分の音楽だけでなく、友達に対してもそうだったんです。
水野家族や友達との関係に近いですよね。
藍井張り詰める空気を自分でつくっていたなというのは、休むまで全く気がつきませんでした。休んでからは、友達との関係性や距離感も変わりました。
水野一回、追い求めて、そこで得たものがたくさんあって。それだけでは前に進めないから、休んで、客観視して、追い求めるところだけではつかめないものを知って。その全部の一連がないと、今にたどり着いていない。そこを通ったことは大きいですね。
藍井通ってよかったって思いました。
水野そうですね。無駄なことは何一つない。頑張ってきた年月は絶対に大事で、それを踏まえて次のステージに立っている。
藍井視野も違いますよね。いったん落ち着いた後の視野と、とにかくやるぞって意気込んでいるときの視野ってこんなに違うんだなって。張り詰める空気をつくっていたときの自分は周りが見えていなかったんだと思います。周りが見えていなかったからこそ、歌詞も主観的なものが多かったんですよ。今は客観的に見ながら歌詞をつくることができるようになりました。
水野どちらの視野も知っているのは強いですね。
藍井いいことですよね。

藍井水野さんは作品をつくるために、どういったインプットをされているんですか?
水野インプットと思って何かすることはないんですよ。作品をつくるために、本を読む、映画を見るということはなく、普通の生活をしていて(笑)。ただ、場面場面の気持ちを覚えていくようにはしています。僕はよく喫茶店で書き仕事をするんですね。そうすると、別れ話をしているカップルを見かけることが多くて。
藍井えー、そうなんですね!
水野別れ話の場面って、一対一の関係性で会話が進められることが多いですよね。パッと見ると、彼氏は未練があるなとか、彼女はもう前に進もうとしているなとか、その二人にしかない空気感がある。その気まずさとか、未練を持っている側が出す言葉の焦りとか。あくまで、その空気感をパッケージ化するんです。持って帰る。その場の空気を冷凍保存するというとわかりやすいでしょうか。それは曲の題材になるんですよね。

誰かを好きになるときの感情は人によって、それぞれ違うものですよね。それらの、本当は別々の感情というものを、どれもすべて「好き」という言葉で表して、「好き」という名前の箱に無理やり全部入れちゃっている。その感情のニュアンスの微妙な違いを、いかに崩さずに歌のなかに閉じ込めるかが大事だと思っています。
藍井すごいですね。
水野空気感は大事にしておきたいんですよね。
以前、親戚のお葬式で、式が終わった瞬間に尾崎紀世彦さんの「また逢う日まで」が流れたことがあって。突然、斎場に「ダッターダダーダダ、ボン」って。
藍井はい。
水野あまりに唐突に明るい曲が流れて、「何、何?」と一瞬、会場がザワッとなったんですが「生前、故人が大好きで、カラオケで毎日歌っていた曲です」という葬儀屋さんの説明が加えられて。それを聞いたら、みんな急に泣きはじめちゃって。
亡くなったおじちゃんが好きだった曲だから、いい意味で送り出すというか、「死という悲しいことがあったけど、前向きに生きていこう」といった感じの空気を、その葬式に参列した人がその瞬間、共有したんですね…「音楽って本当にすごい!」と思った瞬間で。
藍井ほんとですね。
水野前向きになろうと思った、その瞬間の空気感は、まさにほんの一瞬でしたけれど、曲をつくる上ではものすごく貴重な題材になるんですよ。もしも、恋人を失った人が、たまたまラジオから流れてきた僕の曲を聴いたとする。そのときに、その人を傷つけてしまわないないだろうかと想像するんですけど、あのときの「また逢う日まで」みたいに、少しでも前向きになってもらいたいじゃないですか。そこまで考えて、なんとなく想像に入れて書く。そういう意味でのインプットはしていますね。
藍井インプットの仕方がとてもリアルですね。つくられたものからインプットするのではなく、実際の人間関係を通して感じたものだからこそ、つくり手の水野さんは男性なのに女性目線でいろいろな展開を繰り広げるのが上手なんですね。私が男性目線で物事を見ることができないのは…リアルなインプットがもしかしたら苦手なのかもしれません。インプットの方法をもっと増やしていきたいなとは思っているんですけども。
水野僕がデビューした頃、先輩たちのアドバイスもあって、いろんな音楽を聴かなきゃとか、いろんな映画を見なきゃと、すごく焦っていた時期もありました。もちろん、そこで得られたものもありましたけど、リアルなものじゃないと、説得力が出ないような気がして。

そういった意味では、藍井さんはご自身の生活を通して、リアルなインプットをたくさんしているんじゃないでしょうか。というのは、ずっと頑張ってきて、休んで、歌と向き合って、友達との距離感も変わってと、これまでのご自身の経験を話してくれたじゃないですか。その経験こそが、まさにインプットで。

「悩んで、考えて、こういう答えを出しました」ということを積み重ねていくと、それは藍井さんだけのリアルな体験で、だからこそ、僕がつくった「今」を歌ったときに、同じ言葉を歌ってもほかの人にはない説得力が出る。そういう生々しい、身になるインプットをされているように思いますよ。
藍井確かに、メモしていることだけがインプットじゃないなって今思いました。
水野そうですね。
藍井何かあったらメモしておく。それがインプットだと勝手に思っていましたけど、メモしなくても自然と…。
水野体験している。
藍井そのときの強烈な気持ち自体がインプットだということですよね。
水野そうですね。だから、集中して周りが見えなくなる瞬間も、おそらく誰もが経験できることではないと思うんですよ。僕にもそういう瞬間はありますが、普通は集中してほかが見えなくなるまで深く潜れないですから。経験した上で、さらに、それを客観的に見られるということは、すごく強いですよね。
藍井そうですね。
水野だから今、いい意味の余裕が生まれているんだろうなと。
藍井でも、日々感じる寂しいことのひとつとして、何かに簡単に夢中になれなくなっていく自分を感じます。新しいことに挑戦しようとすることは、力を使うじゃないですか。新しいことに挑戦するときの、その力の入れ方というか、「さあ、やろう」と動くまでの腰がすごく重くなっている自分に気づいて…。前までは「とりあえずやってみよう!」だったんですけど。
水野すぐ動けたんですね。
藍井そうです。でも、だんだん大人になっていくとともに、頭でっかちになって…。これをやるなら、どういう効果があって、どういうものを得られて、どういうものを失うか、時間をこれくらい使うとしたら…そこまで天秤に掛けたときにやる必要があるだろうかとか、だんだんそういう考えになって。
水野プロデューサー視点が強くなってきた(笑)。
藍井そうなんですよ(笑)。そういう自分に気づいたときに、一瞬、寂しくなるときがありませんか?
水野ものすごく、よくわかります。20代の頃は勢いに任せて、元気に何日も無理しても大丈夫でしたが、30代に入って知人を亡くしたり、同世代で病気になってしまう人が出てくると、自分にも残り時間というものがあるんだなと思うようになりました。そうなると、自分の力をどのくらい掛けていいんだろうかって踏みとどまる瞬間もあって。俯瞰して、客観的に見て、今どっちの道に進めばいいんだろうって深く考えることは悪いことじゃない気がします。そういうフェーズなのかなって自分は思うようにしたいですね。ただ、藍井さんが言うように、やると決めたら夢中で全力でやりたいですよね。
藍井やりたいですね。
水野中途半端にしたくない。
藍井だんだん中途半端になっていってる感じが自分のなかであって…前は、やろうと決めたら、絶対に中途半端にしなかったんです。
水野それで苦しんじゃったり?真面目にやりすぎて(笑)。
藍井そうなんです。なんでこんなに自分で自分のルールをつくっているんだろうと。「中途半端=悪」というようになっていたんですけど、今はほどほどにのめり込むっていうのも割と大事なことなのかもなと思っています。
水野大事かもしれないですね。難しいな。どっちがいいんだろうな。
藍井きっと、どっちもいいですよね。
水野そうですね。どっちもいいっていうのは正解かもしれない。
藍井ただ、幼いときはピリピリしやすいじゃないですか。幼いながらに主観的だからこそ、これだと思ったら、それを100%信じる強みはあるけれども、人に対してちょっと攻撃的になってしまったりする部分を考えると、夢中になるのもいいけど、客観的になるのもいいなと思って。その両方は、大人じゃないと手に入れられないことだって考えたら、成熟されたものなのかなとは思いました。
水野そうですね。確かにその成熟にたどり着ければいいけど…難しいんだよな(笑)。
藍井難しいですよね(笑)。
水野極端はよくないんでしょうね。
藍井私もそう思います。
水野難しいけど、共存させようとすることが、実はいいものを生み出すことにつながっているのかもしれない。
藍井平和も生まれますもんね。

(つづきます)

藍井エイル(あおい・えいる)
北海道札幌市出身。歌手。
2011年10月にシングル「MEMORIA」でメジャーデビュー。
2019年4月に4枚目のオリジナルアルバム「FRAGMENT」、
8/28には最新シングル「月を追う真夜中」をリリース。
11月には、7都市8公演のライブツアー
「藍井エイル LIVE HOUSE TOUR 2019」が控えている。

Photo/Kayoko Yamamoto
Text/Go Tatsuwa
Hair & Make/Yumiko Sano,
Hideaki Mayumi

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