2019.9.16
ESSAY

そして歌を書きながら すべてが変わるなかで

2019年春から、共同通信社より各地方新聞社へ配信されている水野良樹の連載コラム「そして歌を書きながら」(月1回)

今回は、6月に掲載されたコラムを加筆修正したHIROBA編集版を、お届けします。

すべてが変わるなかで

高校時代の友人から連絡が来た。
久々に会わないか。

聞けば今年の春過ぎから、仕事で中国の広州に赴任することになり、
奥さんやお子さんたち家族も連れてそちらに移住して、数年は帰ってこないという。

「なんと。それはぜひ、送別をさせてくれ」となって、互いに予定を擦り合わせたが、
結局二人ともそれなりに忙しくて、やっと都合がついたのが平日の昼間。
日比谷の少し洒落たレストランで一緒にランチをとることになった。

「大丈夫かよ、そんな普通の格好で。一応、お前芸能人ってやつだろ」

帽子も被らない。メガネもかけない。
何か素性を隠すような工夫は全くしないで待ち合わせ場所に現れた自分を見て、彼は笑った。
どこぞの大スターならともかく、俺なんかが街中で声をかけられることなんて滅多に無いよ、と答えると
「変わらないなぁ」とうれしそうに言ってくれたが、そんな無用な気遣いをさせてしまっているのだから、
二人の現在地は、高校生だった頃とはやはり少し違うのだろう。

新天地では数十人の部下を束ねる管理職になるという。

なんと部下は全て現地の中国人の方々。
皆さん大変有能で多国語を操り、仕事のコミュニケーションも日本語でできるそうだ。
とはいえ文化も価値観も違うからね、と彼はわずかながらの不安を口にした。
だが、それが頼りない弱音に聞こえたかというとそうでもない。
彼の言葉の端々からは仕事に対する誇りや責任感が感じとられて、
新しい挑戦への静かな覚悟がそこにはあるようだった。

自分が知っていた頃の彼よりも目の前にいる彼は、頼もしかった。

高校時代。今から20年ほど前。
僕らは学校帰りによく地元のファーストフード店に仲間たちと立ち寄った。
その店は商店街のメインストリートに面していて、二階の窓際席に陣取ると通りを歩く人々の姿がしっかりと見える。

思春期の男子高校生だ。
その窓から、道を行く他校の女子生徒たちの背中を眺めては、かわいい子がいないかとよく皆で騒いでいた。
ろくに恋愛の経験もない少年たちだったから妄想だけを膨らませて、本当にくだらない話ばかりしていた。
でも、そのろくでもない時間も、振り返れば懐かしい青春の日々ではある。

ハンバーガーひとつ買うのにだって小遣いを計算して頭を悩ませていたのが都心のレストランを予約し、
生意気にコースランチを頼み、相手を気遣いながら、いっぱしの大人として品良くイタリアンを食べている。

話題はお互いの子どものことばかりで、
やんちゃぶりに手を焼いていることを苦笑いしながらも、元気な成長に喜びがあることを二人で共感しあう。
これからは異国の新しい環境で生活を築いていかなければならない。
そのことで大きな負担をかけてしまうのではないかと、彼は奥さんのことをしきりに心配していた。

今の彼には守るものがある。そしてそれは自分も同じだ。

長い、長い、時間が経った。
僕らはそれぞれに歩いて来て少し遠くまでたどり着いた。
多くのことがやはり変わったのだと思う。

「もう、そろそろか?」

スマホを取り出して、テーブルの脇に立てかける。
実はその日は新元号が発表される日だった。
音声を消した小さな画面を、二人で黙って眺める。

「令和か、新鮮だな」

時代も変わる。
全てが変わっていくなかで、
変わらない友情があることに少し励まされながら、
彼も僕も新しい日々を迎えた。

彼は笑っていた。

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