2019.11.13
ESSAY

関取花 連載第13回 タバコで見る夢

先日、タバコを吸う友人と飲んだあと久々にあの夢を見た。

ちなみに私はタバコを吸わない。というか生まれてこのかた吸ったことがない。なんなら吸うことはおろか火の点いていない状態でくわえたことさえない。理由はただひとつ、怖いからである。タバコを吸ってしまったら最後、二度と今の声が出なくなってしまうような気がするのだ。

タバコで見る夢

先日、タバコを吸う友人と飲んだあと久々にあの夢を見た。

ちなみに私はタバコを吸わない。というか生まれてこのかた吸ったことがない。なんなら吸うことはおろか火の点いていない状態でくわえたことさえない。理由はただひとつ、怖いからである。タバコを吸ってしまったら最後、二度と今の声が出なくなってしまうような気がするのだ。
小さい頃から漠然とこの不安を抱いていたのだが、音楽を仕事にするようになってからより恐怖感が増した。そして私は必然的にタバコを吸わない道を選んだ。

とはいえ決してタバコを吸う人は嫌いですとか匂いが本当に無理ですとかそういうわけではない。ミュージシャン仲間でタバコを吸う人は多いし、お酒を飲むときに吸いたくなる気持ちは吸ったことがなくてもなんとなくわかる気がする。
なので同じ席にタバコを吸う人がいても全然構わないのだが、自分にタバコの匂いが残ったまま眠ってしまったとなると、その夜なぜか決まって同じ夢を見てしまうのだ。先日もつい酔っ払って家に着くなりそのまま寝てしまった。

夢の舞台はリリースツアーのファイナル東京場所、会場は憧れの両国国技館だ。(関取なんでね)
会場のBGMが落ちて照明が暗くなり、心地よい緊張感の中、私はステージへと向かう。この日のための特別な衣装に身を包み、苦楽を共にしてきた信頼するサポートメンバーのみんなを引き連れて。
すり鉢状になった客席には老若男女溢れんばかりのお客さんがズラリと並び、温かい拍手と声援を送りながら出迎えてくれている。母も父も兄も、今日はみんな見に来ている。やっとだ、やっとここまで来た。

これまでのいろんなことを思い出し、私の胸には熱いものがこみ上げる。誰もいないフードコートでのライブ、観客2名のライブハウス。朝から晩までアルバイトをしながら始めた一人暮らし、ようやく掴んだメジャーデビュー。曲が書けないこともあった。周りの人を全員嫌いになりかけたこともあった。もう辞めようと何度も思った。それでも歌が、この声が、なんとかここまで私を連れて来てくれた。

私は深呼吸をしたあとそっと右手を上げ、PAさんにライブ開始の合図を送る。そしていつものようにジャラーンとギターをひとつかき鳴らし、初めの挨拶をする。今日がみんなにとっても自分にとっても最高の一日になることを願って。とびきりの笑顔で、胸を張って、大切なこの声で。

「どうも、関取花です!」

…ん?
変だな。いつもと声が違うぞ。いや、緊張で痰が絡んでしまっているのかもしれない。落ち着いて、咳払いをしてからもう一度。

「どうも、関取花です!」

…おかしい。
うそだろ。一世一代の大舞台で突然こんなことになるなんてありえるのか。

完全に声が平泉成さんじゃないか。
集大成の場でまさかの平泉成。そんな馬鹿な。

いや、もちろん平泉成さんの声はすばらしい。あのハスキーボイスは日本の演劇界を支える唯一無二の存在である。私も大好きだ。でも、でも。私の歌を平泉成さんの声でこれから約2時間半歌い続けるのはさすがに無理だ。キーもきっと合わないだろうし、まさか平泉成さんの声で「慣れてないのにお手々は尻に♪」(関取花「べつに」より)なんて歌えない。もういろんな意味で申し訳なさ過ぎる。

そうこうしているうちに私は次第に冷や汗が止まらなくなり、呼吸がどんどん荒くなっていった。ざわつきはじめる会場、慌てだすスタッフ。何かに取り憑かれたのではないかと思ったサポートメンバーたちは私に塩を撒きはじめる。いやたしかに国技館の土俵で塩を撒く本物の関取はよく見るけれども。

私はだんだん意識が朦朧とし、やがて闇の中へ落ちて行く感覚に陥った。真っ暗なトンネルをただひたすら真っ逆さまに…と、ここでいつも夢が終わる。本当に毎回、死ぬ寸前に海面からバッと顔を出すようなギリギリのところで目が覚める。

今回またこの夢を見たときも相変わらずそんな最悪の目覚めだったが、なんだか起きたら妙にシャキッとしたというか、晴れやかな気分でもあった。
というのもその時の私はちょうどいろいろと煮詰まっていて、希望やら未来やらが一瞬行方不明になりかけていたのだが、あの夢のおかげで我に返り目標を再確認することができたのである。

そうだ、私はいつか両国国技館でワンマンライブがしたいのだと。自分の歌で、自分の声で、堂々とあのステージに立ちたいのだと。日本で一番国技館が似合う名前のミュージシャンは絶対に私のはずだと。だからやっぱりあの舞台に立ちたいのだと。待ってろよ、国技館と。

もし本当にその日が来たら、この夢の話もきっと良いMCネタになるはずだ。よりリアルにお届けするために平泉成さんの声真似も練習しておくべきかもしれない。いや、そんな暇あるなら歌の練習でもしろって話か。いずれにしても、いつかもし叶ったら皆さん見に来てくださいね。

関取花(せきとり・はな)
愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けているミュージシャン。
昨年はNHK「みんなのうた」への楽曲書き下ろしやフジロック等多くの夏フェス出演を経て初のホールワンマンライブを成功させた。
2019年5月8日にユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。
ちなみに歌っている時以外は、寝るか食べるか飲んでるか、らしい。
関取花オフィシャルサイト
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